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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)1712号 判決 1966年4月22日

控訴人 栗田工業株式会社

被控訴人 八幡工業株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

<全部省略>

理由

一、訴外会社が控訴会社との間に、藤沢市所在建物の冷房施設工事の一部であるエリミネーター及びハードル据付工事の下請負契約(工事代金は七三万円、工事の完成、引渡及び代金支払の期限は昭和三六年八月三一日の約定)をし、右期限までに工事を完成し、その目的物を控訴会社に引渡したことは当事者間に争がない。そして、原審証人甲斐弘孝の証言により真正に成立したものと認める甲第一号証の一、二、成立に争のない甲第二号証の一、二及び同証言によると、被控訴会社は、訴外会社に対し約束手形債権合計二八万八、〇〇〇円(訴外会社が被控訴会社あてに、昭和三六年六月七日振出した金額一二万八、〇〇〇円、満期同年八月八日の約束手形一通及び同年六月二〇日振出した金額一六万円、満期同年九月一一日の約束手形一通による手形債権)を有し、訴外会社を被告として東京地方裁判所に右手形請求訴訟を提起し、同年一〇月二五日被控訴会社勝訴の判決を受け、右判決がその頃確定したこと、被控訴会社が、右確定判決に基づき、東京地方裁判所から、訴外会社の控訴会社に対する下請負工事代金債権七三万円のうち二八万八、〇〇〇円につき債権の差押及び転付命令を受け、右命令が同年一一月八日控訴会社に、同月九日訴外会社に送達されたことが認められる(右命令が送達されたことについては当事者間に争がない)。

二、控訴会社は、訴外会社との下請負契約は、工事の目的物に瑕疵があったため、昭和三六年九月中旬頃解除したので、その工事代金の支払義務はないと抗弁する。

原審証人宮沢敬一の証言により真正に成立したものと認められる乙第一号証及び同第四号証の一、二、原審証人林田文男の証言により真正に成立したものと認める乙第二号証の一、二、原審証人甲斐弘孝の証言並びに原審証人宮沢敬一、同林田文男及び当審証人山本繁樹の証言の各一部を総合すると、控訴会社は訴外石川島播磨重工業株式会社から前記エリミネーター及びハードル据付工事を請負い、訴外会社は昭和三六年六月三〇日控訴会社から、右工事を前記約定で下請負ったが、工事代金が低廉であったので控訴会社と交渉して、右工事の充填物の板材として使用すべき檜材に代えて、一部は杉材を使用することができる旨を約定し、これに従い、同年八月一八日右工事を完成し、その目的物を控訴会社に引渡したこと。しかし控訴会社と訴外石川島播磨重工業株式会社との間の右工事の元請負契約においては、充填物の板材は全部檜林を使用する約定であったので、控訴会社は右会社から充填物の板材に一部杉材を使用した瑕疵の改修を要求されるにいたったこと。そこで控訴会社は同年九月訴外会社に対し右瑕疵の改修につき交渉したが、訴外会社が前記約定を理由にこれに応じようとしなかったので、その頃訴外相原木材株式会社に右瑕疵の改修工事を請負わせ、同年一一月工事が完成したので、その代金四四万円を右会社に支払った

ことが認められ、この認定に反する乙第一〇号証及び同第一二号証の記載内容並びに原審証人宮沢敬一、同林田文男及び当審証人山本繁樹の証言部分は信用することができない。

以上認定の事実によると、訴外会社が右工事の充填物の板材に一部杉材を使用したのは、控訴会社との下請負契約の約定に基づくものであって、工事の目的物の瑕疵ということはできず、従って控訴会社はこれを理由として訴外会社に対する下請負契約の解除権を有しないことが明らかである。のみならず、控訴会社が訴外会社に対し右瑕疵を理由として下請負契約解除の意思表示をしたとの事実も、これに添う乙第一〇号証の記載内容並びに原審証人宮沢敬一、同林田文男及び当審証人山本繁樹の証言は原審証人甲斐弘孝の証言に比照して信用することができず、他に右事実を認めるに足りる証拠がない。してみると、下請負契約の解除を前提として工事代金の支払義務を否定する控訴会社の抗弁は理由がない。

三、原審証人宮沢敬一の証言により真正に成立したものと認める乙第三号証及び同第六ないし第八号証、原審証人林田文男、当審証人山本繁樹及び同平井泰の証言並びに原審及び当審証人宮沢敬一の証言によると、訴外会社は昭和三六年二月一〇日控訴会社から、日東紡績静岡工場の軟化装置及び防水装置基礎等工事を、代金一二五万円、その支払期日を同月二〇日とする約定で、請負い、控訴会社は、その代金の一部支払のため、同月一八日訴外会社あてに金額六〇万円、満期同年七月五日とする約束手形一通を振出したが、残代金六五万円を支払うに当たり経理事務の手違いから誤って、同年三月三一日訴外会社あてに右残代金額を超過する金額一二五万円、満期同年八月二五日とする約束手形一通を振出したので、控訴会社が将来右手形二通を支払うときは訴外会社に対し過払代金返還債権六〇万円を取得し得る関係にあったこと(その後控訴会社は、右手形二通を各満期に支払ったので、後者の手形を支払った同年八月二五日訴外会社に対し右過払代金返還債権を取得するにいたったこと)が認められる。

そこで控訴会社は、昭和三六年七月上旬頃訴外会社との間に控訴会社が将来訴外会社に対し取得し得べき右過払代金返還債権六〇万円と下請負工事代金債務七三万円との相殺契約が成立したとの趣旨を抗弁するのであるが、これに添う原審証人林田文男、当審証人山本繁樹及び同平井泰並びに原審及び当審証人宮沢敬一の証言は原審及び当審証人甲斐弘孝の証言並びに後記認定のように、訴外会社が昭和三六年七月上旬控訴会社と右過払代金返還債務の分割弁済契約を結びその分割金弁済のため控訴会社あてに約束手形四通を振出した事実に徴して、信用することができず、他に右相殺契約成立の事実を認めるに足りる証拠がないから、控訴会社の抗弁は理由がない。

四、以上によると、控訴会社は前記差押及び転付命令の送達を受けた当時訴外会社に対し昭和三六年八月三一日を弁済期とする下請負工事代金債務七三万円があったことが明らかであるから被控訴会社は、下請負工事代金債権のうち二八万八、〇〇〇円の差押及び転付命令により、本件転付債権を取得したものといわなければならない。

五、控訴会社は、昭和三九年六月一二日の当審口頭弁論において、被控訴会社に対し、控訴会社の訴外会社に対する損害賠償債権四四万円及び過払代金返還債権六〇万円をもって被控訴会社の本件転付債権二八万八、〇〇〇円と順次相殺したと抗弁するので、以下に判断する。

訴外会社が下請負工事の充填物の板材に一部杉材を使用したことが控訴会社との下請負契約における工事の目的物の瑕疵とならないことは、既に認定したとおりであるから、その他の点に触れるまでもなく、控訴会社が訴外会社に対し右瑕疵の修補に代わる損害賠償債権を取得するいわれがなく、従って控訴会社の右損害賠償債権をもってする相殺の抗弁は全く理由がない。

次に控訴会社が訴外会社に対する日東紡績静岡工場の軟化装置及び防水装置基礎等工事代金一二五万円の支払のため訴外会社あてに、昭和三六年二月一八日に金額六〇万円、満期同年七月五日の約束手形一通を更に同年三月三一日に金額一二五万円、満期同年八月二五日の約束手形一通を振出したこと右手形二通は各満期に控訴会社により支払われたことは、既に認定したとおりである。ところで、前掲乙第七、第八号証、原審証人甲斐弘孝の証言により真正に成立したものと認める乙第五号証の一ないし四、当審証人甲斐弘孝の証言原審証人林田文男及び当審証人平井泰並びに原審及び当審証人宮沢敬一の証言の各一部によると、控訴会社は昭和三六年六月末の決算期に、将来右手形二通を支払うときは、右工事代金六〇万円が過払となることに気付き、訴外会社に過払代金の返還につき交渉したところ、当時既に右手形二通を訴外東信商事株式会社に裏書譲渡していた訴外会社は、右手形二通が支払われるときは、控訴会社に対し右過払代金返還債務を負担するにいたるべきことを認めたが、支払資金の関係上弁済の猶予を求め、その結果、同年七月上旬控訴会社と訴外会社との間に、右債務につき、同年一〇月三一日、同年一一月三〇日、同年一二月三〇日及び昭和三七年一年三〇日の四回に一五万円あてを分割弁済するとの契約が成立し訴外会社は、右分割弁済のため、控訴会社あてに、金額をいずれも一五万円とし、満期を右各分割弁済期日該当日とする約束手形合計四通を振出したことが認められ(右手形四通振出の事実については当事者間に争がない。)、原審証人林田文男、同甲斐弘孝及び当審証人平井泰並びに原審及び当審証人宮沢敬一の証言中右認定に反する部分は信用することができない。以上認定の事実によると控訴会社は、訴外会社あてに振出した金額一二五万円、満期昭和三六年八月二五日の約束手形をその満期に支払ったことにより、訴外会社に対し過払代金返還債権六〇万円を取得するにいたったが、その弁済期は、――もし前記認定の分割弁済契約が成立しなかったならば、右手形を支払った同年八月二五日であったところ――、右分割弁済契約の成立により、右債権のうち各一五万円につき、同年一〇月三日、同年一一月三〇日、同年一二月三〇日及び昭和三七年一月三〇日となったものと認められるのである。そして被控訴会社が訴外会社に対する前記約束手形債権の執行を保全するため、東京地方裁判所から訴外会社の控訴会社に対する下請負工事代金債権七三万円のうち二八万八、〇〇〇円につき仮差押命令を得、右命令が昭和三六年八月二九日控訴会社に送達されたことは当事者間に争がない。従って、控訴会社に対する過払代金返還債権六〇万円は、控訴会社が右仮差押命令送達前に取得したものではあるが、右仮差押命令送達当時はまだその弁済期に達していなかったばかりでなく、訴外会社の控訴会社に対する下請負工事代金債権の弁済期(同年八月三一日)の後にその弁済期が到来するものであるといわなければならない。

ところで、民法第五一一条の法意によると、差押を受けた第三債務者は差押前に取得した債権により相殺をもって差押債務者に対抗することができるが、それは、第三債務者が差押前に取得した債権(自働債権)と債務者が第三債務者に対して有する債権(受働債権)とが差押当時既に相殺適状にある場合、又は自働債権が差押当時はまだその弁済期に達していなくても、受働債権の弁済期より前にその弁済期が到来する場合であることを要するのであって、これに反し、自働債権が受働債権の弁済期より後にその弁済期が到来する場合には第三債務者は相殺をもって差押債権者に対抗することができないものと解するのが相当である(昭和三九年一二月二三日最高裁判所判決参照)。本件の場合、控訴会社が前記仮差押命令送達前に取得した過払代金返還債権と訴外会社の控訴会社に対する下請負工事代金債権とは仮差押命令送達当時はいずれもその弁済期に達していなかったため相殺適状になかったことはもちろん、控訴会社の右過払代金返還債権は訴外会社の下請負工事代金債権の弁済期の後にその弁済期が到来するものであるから、控訴会社は右過払代金返還債権による下請負工事代金債権との相殺をもって仮差押債権者たる被控訴会社に対抗することができず、従って昭和三六年一一月八日控訴会社に到達した債権及び転付命令によって下請負工事代金債権のうち二八万八、〇〇〇円の転付を受けた被控訴会社に対し、控訴会社が昭和三九年六月一二日の当審口頭弁論において過払代金返還債権による相殺の意思表示をしても、その効力は生じないものといわなければならない。<以下省略>

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